津波にのみ込まれた浪江町請戸地区【福島第一原発20キロ圏内】

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福島第1原発から約6キロ北にある請戸地区にやってきた。
この地域は住宅街が広がっていたそうだが、津波で全403世帯ほぼ全滅した。

同行した人の親戚はここに住んでおり、完成したばかりの新築を流されてしまったそうだ。
地震発生直後はその息子が、同行した人の自宅に遊びに来ており、
テレビで津波が来ることを知って、両親をすぐに迎えに行き、
津波が押し寄せる7分前に救出したという。

近所にはたくさんの人がいたそうだが、
一緒に逃げる人は誰もいなかったという。
大きな津波が来るなんて、誰も信じなかったそうだ。


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「親戚の家や友人の家はここにありました」
マスクの奧から、同行者の声を聞く。
このあたりは狭い路地で、クルマで入っていくのはタイヘンだったとのこと。

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海より数百メートル内陸にあるところにも
船が流されてきている。

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ガレキの中に、同行者が釣りに行くときに乗っていた船を発見。
この人は震災後、はじめて海の近くにきた。

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津波で破壊された家のガレキや船の残骸は、引き波によって海に引き込まれるが、
この船は高くなった道路の段差に引っ掛かって陸地に残されたのか、
それとも道路の上にあったのを、ここによけたのか。

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請戸港にある市場。

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犬や猫のエサをクルマに積んでいったが、
その姿は見当たらなかった。

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写真のアップは控えるが、花や写真がまとまって置かれた場所があった。
防護服に身を包んだままボクは、ヒザをついて手を合わせた。


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放射線量が高くガレキの撤去もできずにいる。
ガレキを受け入れる場所もないし、ここに人が戻ってこれるかもわからない。
震災から10ヶ月以上も経っているのに、なんてことだろう・・・。


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2階建ての請戸小は1~3年生の教室があった1階が津波にのまれ、骨組みが残るだけになった。
地震発生時、1年生はすでに下校。
2年生以上は裏山に避難したため児童は全員無事だったと当時のニュースにある。

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大きな地震が襲ったのちに津波ですべてを流され、
さらに原発事故によって立ち入りを制限された福島県浪江町請戸地区。
寸断されている道も多い。



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