ライター青木タカオの取材日記 ヤングマシンやDIRTCOOL、HOT BIKEやGOGGLE、ジパングツーリングなどでのライター活動をはじめ、ハーレーライフや初めてのハーレーなどでは編集統括としてエディターに専念。四輪誌、一般誌、WEB媒体などジャンルを問わず編集者/ライターとして携わる。書籍もある。

大正浪漫の世界が、そこにはあった
[No.18] 2006-05-01 Mon 23:26
幻のターミナル旧万世橋駅
その遺構で大正浪漫を感じた

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 かつては交通の要衝として栄え、赤レンガの美しい駅舎がシンボルだった中央線・万世橋駅。1912年(明治45年)の開業から1919年(大正8年)の東京駅延伸までは中央線のターミナルとして機能し、目の前の須田町交差点は人や自動車、路面電車がひっきりなしに行き交う東京でも屈指の賑やかさを誇っていた。
 しかし、現在は地図上でその名前を見つけ出すことはできない。1943年(昭和18年)に不要駅として営業休止となってしまったからだ。
 では、万世橋駅の遺構はどこにあるのか……。それは、交通博物館の中に眠っている。交通博物館は、旧万世橋駅跡にあり、解体された駅舎の基礎を流用して造られているのだ。交通博物館を神田川にかかる万世橋から眺めると、万世橋駅として建築された見事なレンガ造りの名残を、いまなお楽しむことができる。
 一般の人が、交通博物館内に眠る万世橋駅遺構に立ち入ることは、いままで許されなかったが、今回、交通博物館さよならキャンペーンイベントのひとつとして「旧万世橋駅遺構特別公開」が、4月28日まで開催されていた。そんな貴重な体験ができるチャンスは、この先二度とないだろうと思い、ボクももちろん参加。遺構の一部を見学させてもらった。
 貴重なプラットホームは今なお残り、ホームへ上がる階段の途中にあるレンガアーチは当時の状態のまま保存されていた。明治・大正期のレンガ建築の見事さを目の当たりにし、普段は立ち入ることのできない禁断の遺構に入れた感動も手伝い、ボクは享楽にふけた。時間が止まったかのような空間が広がる万世橋駅遺構。暗闇の向こうから、当時の人が姿を現しそうな錯覚にとらわれる。大正浪漫の世界が、そこにはあった。

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まもなく閉館! アオチが愛した交通博物館
[No.17] 2006-04-30 Sun 23:20
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別冊スポーツスターVol.18
「アオチが行くっ!!」好評連載中!

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イラストはお馴染み、山田 光さん!!


幼少期を首都圏で過ごした人なら一度は訪れたことがあるだろう東京・神田須田町にある交通博物館が、5月14日をもって閉館してしまうことになった。乗り物好きなアオチにとっては、幼少期の想い出がたくさん詰まった貴重な場所。最後のお別れをしてきた!

乗り物好きになったルーツは
ここにあったのかもしれない

 毎度お馴染み流浪の企画アオチが行くっ!! でございます。さてさて、乗り物好きなボクとしてはタイヘンなことになってしまいました。東京・神田須田町にある「交通博物館」が、5月14日をもって閉館となってしまうのだ。
 交通博物館といえば、全国の乗り物フリークたちの聖地。とくに幼少期を首都圏で過ごした鉄道マニア、飛行機ファン、船好き、そして自動車・バイクフリークなら、一度は訪れたことがあるだろう。交通博物館は、たくさんのチビッコを乗り物好きにさせた、ひとつのきっかけであったはずだ。
 ボクが最初に交通博物館に行ったのは、たぶん幼稚園や小学生低学年の頃。両親に連れられてか、もしかしたら遠足や社会科見学だったかもしれない。はっきりはしないが、いずれにせよ新幹線0系や蒸気機関車D51の実物を目の当たりにして目を輝かせた。
 その後、何度も親にねだっては交通博物館に足を運んだが、小学生高学年になると友人を誘って行くようになり、やがて友人も何度も連れていくと飽きてしまうので、ひとりで行くようになった。当時はファミコンブームで、秋葉原にカセットを買いに行っては、ついでに交通博物館もチェックするというような休日を過ごしていた。たった150円(現在の4歳以上中学生までの入場料金)で、1日じゅう遊べる。ボクとしては遊園地や動物園より楽しいアミューズメントパークだったのだ。
 交通博物館は、1921年(大正10年)に鉄道開業50年を記念して東京駅北側の高架線下に「鉄道博物館」として開館し、1936年(昭和11年)に現在の場所に移り、第二次世界大戦後まもなく「交通博物館」と名を改めた。その名の示すとおり、鉄道ばかりでなく、自動車、オートバイ、船舶、航空など、交通全般にわたって、そのメカニズムあるいは歴史や未来について興味深く学べるよう実物や模型などを展示している。
 ボクたち子供の一番の目当ては、なんといっても鉄道模型パノラマだった。模型を動かす時間は決まっていて、開始時刻前にはたくさんの子供たちが見やすい最前列を確保しようとドッサリ集まった。そのうち見てるだけでは物足りなくなり、自分も鉄道模型が欲しくなったが、NゲージやHOゲージはとても高価で、子供が手を出せるモノではなかった。家にあったプラレールではリアリティに欠け、話しにならないのである。
 中学生になるとサッカー部に入り、スポーツマンのフリをしていたボクだが、実は交通博物館への情熱は醒めるがことなかった。鉄道ももちろんのことだが、今度は自動車やオートバイに強い関心を抱きだしたのだ。
 自動車室には、国鉄バス第1号車や最初のガソリン自動車ベンツ1号車(複製)、オート三輪やスバル360、そしてCB750フォアや白バイ、メグロやライラックなども飾られていた。ボクの乗り物への関心は、鉄道中心からオートバイ中心に変わっていった。
 高校生になり、オートバイの免許をとってからは、交通博物館のことはすっかり忘れてしまった。博物館に行くよりも、実際に自分で乗り物に乗ることができるようになってしまったからである。
 十数年が経ったいま、間もなく閉館することを知り、久しぶりに交通博物館を訪れた。空いているだろうと見込み平日を狙ったが、春休み真っ只中ということもあって、館内は完全にフィーバーしていた! チビッコだけではない。ボクのような大人のフリークたちもその中に混じり、老若男女問わず交通博物館に押しかけているのだ!!
 これだけ多くの人に交通博物館は愛されているのだが、残念ながら閉館が迫っている。行ったことがある人も行ったことのない人も、最後のチャンスにぜひ出掛けてみよう。昭和の香りがする懐かしい空気が、乗り物好きを待っている。
 午後5時の閉館時間が迫ると、チビッコたちがダダをこね始めた。「帰りたくよぉ〜」と泣いているのだ。幼い頃の自分がここにいた。さよなら、そしてありがとう交通博物館!
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